「先生」と呼ばれ続けると先生になっていくものです。

司馬遼太郎によると台湾のバーでは日本人は「社長」か「先生」だそうで、
学者顔なら後者、肉体系なら前者ですか。
池田先生は若い頃実際前者で、前者の顔をしていたと思うのですが
「先生」と呼ばれ続けると先生になっていくものです。

支那文化では年長を尊敬するので「先に生まれた」が尊敬語なのでしょうが、
(同姓に「私はあなたの甥に当たります」という言い方はあっても、年長でも伯父とは言わない、らしい)、日本語では「おじいさん」「おばあさん」はあまり尊敬した呼びかけではないようだしなあ。

そういえば坂田栄男(三吉ではありません)は本因坊当時、銀座のバーで「学割」を認めさせたとか。こういうのを本当に尊敬されているというのでしょうね。

そういえば、松下幸之助との往復書簡集『人生問答』で松下氏が「先生」と呼びかけているのには驚いたものです。いまから思うとイメージで消費財を売る者としての選択かも知れませんが。

代議士が「先生」と呼ばれて悦に入るのは、文化文明的事業に挺身しているという自負(=錯覚)があるからでしょうか。

北条会長は、年長なのに「先生」と呼ばれたのを聞いたことがない、貧乏くじ引きましたな。

北条氏から連想して、秋谷氏の次の会長は竹入義勝と目した人も外部にはいたようです。第一次宗門戦争の時には池田会長の辞任と後任・北条を予想していた週刊誌もありましたが「日蓮上人を弾圧した北条家の子孫だからどうか」はナンセンスでした。

「青年はRomanをもて語り、書け!」
「でも日本語は漢字とひらがながいいんじゃないですか、
いまさらローマ字使えと言われても…」